”なんちゃって”シンプルライフ 苦悩の日乗

「エクスプレッシブ・ライティング」気持ちを整理するために、文章を書いてメンタルを強化

20210617_生きるとは死に向かうこと

f:id:hokabeng:20210617220626j:plain

曇 最高25℃[-1]最低20℃[-1]

  • ネイビー モロヘイヤ混セットアップ@ザ・スーツカンパニー
  • 水色ストライプシャツ@ユニバーサルランゲージ

ジャケットありでちょうどよかった。
時折蒸し暑く感じるときもあるが、エアコンの風は冷たい。
何より、インナーを着用していないので、ひんやりするのだ。

 

 

午後、集中して仕事に取り組めるはずが、電話や対応に追われる。
やりたかった業務に手を付けられたのは、15時だった。
すでに疲れていて、集中力は上がらない。

何とか終わらせたが、他の仕事も片付けると、定時から50分が経過していた。
自分にイライラしてしまった。
休憩も取らず(取れず)、働き続けざるを得なかったのが、本当にがっかりする。

しかし、予定通りにはいかないものなのだ。
自分に期待しすぎていたのだ。
アフター5に期待しすぎていたのだ。

さらに反省すれば、退勤時に何かトラブルが発生したわけではなかったのだ。
帰ろうと思えば、すべての仕事を後回しにして、退勤できたのだ。
それをしなかったのは、自分の判断だし、ここで頑張った分、来週が楽になるはずだ。

でも、今までの自分を振り返ると、まあ仕事なんて後回しにしても何とかなるのだ。
明日までにどうしてもやっておかないとならないこと以外、やらなくても困ることはない。
それに、明日生きてる保証だってどこにもないのだ。

 

現代の日本社会は、医療の発展や多くの人達の尽力で平和で比較的安全な生活が送れるようになったため、突然死ぬ確率は非常に低くなっている。
戦時中であれば、今夜空襲で死んでもおかしくなかったし、戦争に徴兵されれば、生きて帰れる保証もなかった。
食料も恵まれているし、犯罪も少ない今の日本社会では、死を意識する場面は極めて少ない。
地震などの災害や、突然の交通事故、あとは寿命とか余命がある程度見えた段階での死だろうか。

そう考えると、「生きること」は、見方を変えると「死に向かうこと」とも言える。
だから、命を大切にしよう、というのもある。
それよりも、いつ死んでもおかしくない、ということの方が、命を考える上で、大切な気がする。

だから、1日1日を大切にする、後悔はしたくない。
でも、明日も明後日も、1年後も10年後も、生きているかもしれない。
そのとき、仕事が終わってなければ、困るわけだし、お金がなければ、生きるのに苦労する。
今を大切にしつつ、ある程度将来を想定しておく。

 

生きるとは、「バランスをとる」ことなのかもしれない。